自分の名前が好きな人

私のホームページを作ってくださっている人は大沢和樹さん(仮名)と言います。大沢さんは、やたらいろいろなものに「大沢」とか「和樹」とかつけます。たとえば、作りかけのホームページに仮に「大沢テストページ」とつけるなど。私にはできない真似です。これを見て思いました。大沢さんは、ご自分の名前が好きなのだろうと。
その思いで世の中を見てみると、いろいろなことに気づかされます。私の知っているあるピアノの先生は中村秀子さん(仮名)とおっしゃるのですが、自分のピアノ教室を「中村秀子ピアノ教室」と呼んでいるのです。また、実家の近くにあるお酒屋さんは「西野酒店」(仮名)と言います。西野さんが経営しているのです。経営が傾きかけたときも「リカーズ・ニシノ」と名を変えて存続させていました。「西野」という看板は名前として付け続けておられたのです。
もう亡くなってだいぶたつ高齢のご婦人で「小林ハナ」(仮名)さんというかたがおられました。ハナさんはご自分の名前が大好きでした。「小さなかごに花を入れ」という賛美歌が大好きでした。ご自分の名前(「ハナ」)が出てくるからです。自分の名前が好きなことと、自分自身が好きなことは、高い正の相関がある気がします。ハナさんにとって、「ハナ」という名前が甘美に聞こえることは、おそらく幼少から「ハナ」という名前で愛され、ほめられてきたからではないかと考えられるのです。おそらく冒頭の大沢和樹さんも、親から愛された人なのであろうと想像がつくわけです。
私は、20歳のときに名前を変えています。その5年後に戸籍から名前を変えています。前の名前は、典型的に、叱られるときか、あきれられるときの名前でした。私は自分の名前も自分の顔も好きではありませんでした。私の母もそれより前に名前を変えているだけでなく、母の父も、母の母も、自分の名前が好きではなかったと聞いています。私は、自分の母がたとえばピアノの先生をしていたとして、教室名に自分の名前をつけるところを想像できません。私の父が開業医だったとして、自分の名前を自分の医院につけるところは想像がつきません。
「伊藤忠」さんは、自分のフルネームを会社の名前にしています。よほど親から愛された人だったのでしょうか。ホンダ、スズキ、トヨタ。みな社長さんの名前でしょうか。コジマ電気、ヤマダ電気。いずれも自分が大好きな社長さんがつけたような名前に思えます。ディズニーランドはディズニーさん存命中にご本人が名前をつけたのですよね。ディズニーさんもよほどご自分の名前がお好きだったのか。
安冨歩さんは、本によって下の名前の読み方が「あゆむ」だったり「あゆみ」だったりしています。なぜなのか、長いことなぞでしたが、ある動画を見て理由が明らかになりました。私と同様に、人生の途中で名前を変えたのです。戸籍は漢字だけだから、読み方だけ変えるのは簡単だったとおっしゃっています。(私は変えるのに5年の歳月を要しています。)それは「あゆむ」というのは母親から叱られるときの名前だったから、とおっしゃっています。「あゆみ」にしてだいぶ気楽になられたそうです。安冨歩さんも、親から愛されなかった人です。
私のある牧師の知人は、あらゆるSNSを本名まる出しフルネームでやっており、しかもアイコン(というのでしょうか)が自分の顔写真です。親から愛された人のあかしであるようにも思えます。私にはなかなか考えられないことです。
皆さんも、周囲の、屋号に自分の名前を使う人をよく観察してみましょう。その人がどの程度、親から愛された人なのか、けっこうわかる気がいたします。
