ヘンデルの「メサイア」を歌った話

私はいま思えば発達障害の二次障害である統合失調症のため博士論文が書けず、数学者の夢をあきらめ、2006年、30歳のときに、ある地方都市で中高の教員になりました。徹底的なダメ教員で、2016年、教員の11年目、40歳のときに発達障害の診断がくだり、翌2017年から、同じ学校で事務員にさせられました。結局、事務員はもっと向いておらず、長い休職をへて、仕事を辞めておりますが、事務員の1年目、2017年に、ヘンデルの「メサイア」に合唱で参加したことがあります。その日のことを書きたいと思います。

近くに、非常に名門の女子校がありました。そこは、毎年のように、ヘンデルの「メサイア」の演奏会をしているようでした。2008年ごろに、1回、客席で聴いたこともありました。オーケストラも合唱も、その学校の学生さんでありました。私も、高校時代は男子校でしたので実感がありますが、オーケストラは女性だけでもできます。ウィーンフィルも、一時期までは男性だけのオーケストラであったと聞きます。しかし、混声合唱は女性だけではできないのでした。その女子校さんは、毎年、男声の参加者を募っておられるようで、私も何度もお誘いを受けたのですが、あいにく私はその精神病から睡眠障害をもっており、そのころは教員の長時間労働も社会問題化しておらず、私もへとへとになりながら、1日12時間くらいの仕事を毎日、していたことになります。とても練習にも本番にも参加できないと思い、お断りをしていたのです。そのうち、お誘いの声もなくなりました。

ところが、2017年度から私は教員ではなく事務員になったわけです。事務員は、はっきりと8時間労働、1時間休憩でした。急に私は仕事の終わる時間が早くなったわけです。そこで、そのメサイアの演奏会に合唱で参加してみようという気になったのでした。

私は、メサイアの「ハレルヤ・コーラス」だけの経験なら自分が高校生であった1991年、1992年に経験しています。オーケストラで参加しましたが、合唱の練習もしたわけです。この名門女子校と同じような、高校のオケ、合唱による学校行事での参加です。(この曲にはフルートはないわけですが、この点は後述します。)「ハレルヤ」の合唱は楽しかったです。その経験から、メサイア全体の合唱も、きっと楽しいのだろうと想像し、参加したわけです。しかし、これは想像以上に難しいのでした!

私は、テノールしか歌えません。ある合唱に詳しい仲間から聞いたことがあるのですが、楽器と同じように、声も、そののどででる最低音があるのだそうです。なるほど、フルートもヴァイオリンも「それより低い音は出ない」という音があります。私の声は、低いシのフラットがぎりぎり出るか出ないか、なのです(「きよしこの夜」の通常の変ロ長調の楽譜で、最後の音がいつも出るか出ないかです)。そこで、テノールを歌ったわけですが、たとえばメサイアは以下のような箇所があるわけです。

とてもこのようなものは歌えません!私には曲芸のように思われました。

練習はいつも、毎週火曜日に、その学校の音楽室で行われ、合唱の指導の先生のもとで練習しました。ときどき、オーケストラとの合同の練習がありました。本番の指揮の先生の練習もありました。本番は、2017年11月23日でした。このときホールまで交通費を使ったのが、この演奏会における唯一の「出費」でした。それくらい、至れり尽くせりの待遇をお受けしました。

この記事を書いている本日(2024年1月6日)もそうですが、睡眠障害によくある早朝覚醒(朝早く目覚めてしまうこと)に悩まされながら、当日の朝を迎えています。この曲には、非常に難しいトランペットのソロがありますが、このとき吹かれた学生さんは、極めてうまいかたでした。通奏低音のソロも非常にうまかったと日記には記されています。先述の通り、この曲にはフルートはありません。のみならず、この曲の本来の管楽器と打楽器の編成は、オーボエ、トランペット、ティンパニだけなのです(あと、通奏低音にファゴットが入るくらいです)。にもかかわらず、このオケのパートは、ホルンもトロンボーンも、多くのオケにある楽器はほぼすべてあるのでした。どういう楽譜を使っているのか、気になった私は、本番の日、木管の控室をたずねてみました。学生さんは、その事実を知らなかったらしく、驚いておられましたが、とりあえず私がフルートを吹いていたことをお知りになって、フルートのパート譜を持ってきてくださいました。編曲者の名前は書いてなく、あたかもこれがオリジナルであるかのようなパート譜でした。もっとも高校時代の私も、「こういうものだ」と受け取って「ハレルヤ」を演奏していましたが…。(この曲は、このように盛大に管楽器や打楽器を入れてにぎにぎしくやる慣習があることは知っています。古くはモーツァルトの編曲があるほか、グーセンス編曲など、いろいろあるわけです。その伝統のうえにあるメサイアの演奏会なのですね。)

地元のテレビ局が取材に来ました。ニュースで流すとのことでした。最終の練習を撮っていかれました。オンエアは本番中でしたが、私は帰宅してから録画で見ました。一瞬ですが写っていました。

本番の第1部と第2部のあいだの休憩で、右隣で歌っておられた品のいい紳士と仲良くなりました。近隣の教会で牧師をなさっておられるとのこと。これもご縁です。またどこかでお会いしましょう!

この演奏会での最大の収穫は「合唱は自分に向いていない」ということでした。貴重な機会でした。オケと共演したいまのところ最後の機会ともなっています。生涯で最も「長い」曲への参加でもあるでしょう。なんだかんだいって、いい思い出になっています。女子校の男声ということで、VIP待遇でしたしね!

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