故シュタルケルの公開レッスンを聴いた(1997年6月25日)

これはまたクラシック音楽オタク話です。学部3年の夏に、チェロの故ヤーノシュ・シュタルケルさんの公開レッスンを聴いた話です。

当時のプログラム、および日記、および記憶から書きます。このうち、最も強固なのは、記憶です。

確か、500円でチケットを買ったと思います。当日は、午前も午後も数学科の講義を聴き、フルートの練習などしたあと、紀尾井ホールへ行って、以下の3人のかたのシュタルケルによる公開レッスンを聴きました。チェロの公開レッスンを聴いた唯一の機会だと思います。

ヤーノシュ・シュタルケルさんは、1924年生まれの伝説のチェロの演奏家です。検索したところ、2013年に89歳で亡くなっています。私が聴いたこのとき(27年前、1997年)は、73歳だったことになります。

プログラムには受講生の名前、プロフィール、ピアノ伴奏者、通訳者の名前も書いてありますが、すべて割愛しますね。曲目だけ書きます。

パガニーニ モーゼ幻想曲

ドヴォルザーク チェロ協奏曲ロ短調

シューベルト アルペジオーネ・ソナタ イ短調

パガニーニの受講生は、中学生でした。非常に印象に残ったことがあります。この曲は、ニ短調の変奏曲ですが、ニ長調の変奏があります。主題は以下の譜面のように「ラーレー」と始まります。ここはニ短調です。

これは、ニ長調でも「ラーレー」となるわけですが、なんとシュタルケルが弾くとき、この「ラーレー」は、ニ短調のときとニ長調のときと、微妙にピッチが違ったのです!これが超一流の演奏家か!と思ったものです。これがこの公開レッスンで最も印象に残ったことと言えると思います。受講生の中学生は、のびのび堂々と弾いておられ、シュタルケルから何を言われてもにこにこしていたと日記には書かれています。

ドヴォルザークとシューベルトの受講生は、いずれも音大の3年生であり、私とほぼ同い年だったということになります(私もそのとき大学3年生)。ドヴォルザークの受講生さんはかなり緊張しておられるご様子でした。シューベルトで覚えていることは、まずピアノの序奏を、ピアニストさんが非常に情感豊かに弾かれたこと、そして、受講生の大学生は、もっとのびのび弾くべきことをシュタルケルさんから言われていたことです。

以下のワンシーンが非常に印象に残っています。シュタルケルさんは、3人目の受講生さんに「お客様に、『ようこそお越しくださいました』という気持ちで弾くべし」という意味で、以下のように、シューベルトの出だしを、「コーンニーチワー(こんにちは)」と言いながら弾いたのです。

当時の私の日記には「これは大先生と同じ土俵に乗るということであり、そこから先は本当の実力の世界で、これが一番キビシイと思った」と書いてあります。私もプロの数学者になりたかった身、また、アマチュアとはいえフルートのレッスンを受ける身でしたので、いろいろ思うところがあったようです。この日から27年が経過した私がいま感じることは、シュタルケルさんは「チェロ長者(ちょうじゃ)」であった、ということです。たくさんの人を音楽で楽しませ、チェロの自営業として、長く活動を続けておられた。私も自営業のはしくれとして、かくありたいと、この記事を書きながら、思う次第です。

この日は、私もまだ21歳、夢を追い、そして不安に悩まされていたころです。この日、私は自分の仲間であるかのように、受講する皆さんの演奏を聴いたのでした。そして何より、シュタルケルさんの演奏家としての器の大きさに圧倒されたのでした。

この記事を書くに当たり、その日の名前で検索いたしました。3人ともプロのチェロ奏者になっておいでです。皆さんご活躍のようです。すごいなあ。

紀尾井ホールまでは自転車で行ったようでした。充実した学部3年のある日のことでした。

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