「傾向」の話

きのう、教会での集会で、自分の意見を述べる機会がありました(この記事は予約投稿されており、本日は2022年9月29日です)。私は「次に述べる意見は、男女差別と取られかねない可能性があるので、注意して聞いてください」と前置きしてから、男女の「傾向」について思うところを述べました。その詳しい内容は、それこそ誤解を招きかねないことをきのう痛感したばかりですので、書きませんが、とにかくあるご婦人の激しい怒りを招いてしまいました。幸い、私の言いたかったことを的確にとらえた牧師さんのフォローのおかげで助かりましたが、やはり「傾向」の話は難しいなあ、と思った次第です。
これだけでは何のことかお分かりにならないと思いますので、まったく別の話を書きますね。私が書いた文章にあるとき反論なさったかたがおいでになるのです。私は「多くの作曲家は晩年に傑作が集中している」と書きました。それに対する「反論」です。そのかたは、「ほんとうにそうでしょうか?私の感ずるところ、ベートーヴェンはそうじゃない」とお書きになり、そのあと、ベートーヴェンの「中期の」傑作をズラズラと並べられました。ベートーヴェンの中期の傑作ばかり、3行くらいにわたって書き並べられました。これで私に反論したつもりでおられるのです。私は「『多くの』作曲家は晩年に傑作が集中している」と書いたわけです。「全員が」とは書いていません。例外はいる可能性を残した書きかたをしたわけです。それが、この人(90歳くらいの男性で、東大を出ているとのことでしたが)は、ベートーヴェン1人を「反例」として出しただけで、私に反論したと思っておいでなのです。
(ちなみに、ベートーヴェンでさえ後期の作品を中期の作品より高く評価する人は少なくないです。さらにこの人は、作曲家の名前も作品の名前もすべてアルファベットで書いてこられました。ベートーヴェンは「Beethoven」と書き、「交響曲」は「symphony」とお書きになりました。しかし、すべて英語で書いてあるのです。なぜ、日本語でもなくドイツ語でもなく、英語でお書きになるのか。こういうのを「学をてらう」と言うと思います。)
数学で「相関」という言いかたをしますが、確かに「傾向」という概念は学校教育で習います。教科書に載っている例をそのまま挙げますと、「身長とハンドボール投げの記録」といったものです。身長の高い人のほうがハンドボール投げの記録がよい傾向にあるのですね。おそらく、身長の高い人は大きい人である傾向にあり、大きい人は力が強い傾向にあり、力が強い人はハンドボール投げでよい記録を出す傾向にあるのでしょう。これもあくまで傾向ですから、例外はあります。背が高くてそれほどハンドボール投げの記録がよくない人もいれば、背が低くて記録のよい人もいるわけです。しかし、確かに「傾向」というものはあります。
同じく数学の教科書に載っている例で、「喫煙率と肺がんの発症率」というものもありました。(適切な例なのかどうかはわからないなあと思いながら読んでいますが。)確かにたばこを吸っていると肺がんを発症する可能性が高いと言えるでしょう。しかし、たくさんたばこを吸っていても肺がんにならない人もたくさんおり、まったく吸っていなくても肺がんになるかたもおいでになるわけです。ですからやはり「傾向」の話です。あるとき、生徒さんに聞かれた質問が忘れられません。「先生、そんなにあいまいなものを数学で扱ってよいのですか?」。しかし、少なくとも高校1年生で、「相関係数」といって、この「相関」(「傾向」)を数値化する計算のしかたまで習います。これは「統計学」の初歩です。この「傾向の話」を小学校や中学校で習うのかどうかは私の不勉強で知りません(すみません)。でも、ここまでのお話で、「傾向にある」ことと「例外なくすべてそうである」ということの差はお分かりいただけたかな…と思っております。
森喜朗という人が「女性が入っている会議は長い」ということを言って、非常に問題になったことがあります。以下の話は、森さんの女性蔑視発言を擁護するつもりはないです。単純にロジックの話ですよ。森さんはもしかしたら「女性は話が長い傾向にある」と言いたかっただけかもしれない。きのう、私はまさに「男女差別の話をするつもりはない」と前置きした上で、「傾向」の話をしただけなのですが、(案の定と言うべきか)激怒するご婦人がおられました。フォローした牧師は最終的に「『個』の話です!」と言っていました。「傾向」という概念が理解できない人には「個」という言いかたをしないと納得なさらないのかもしれない、と思いながら聞いていました。でも、もうこういう話はこういう場でしないほうがいいなあ…と思った次第です。
これも、世の中に出回っている議論がいかに非論理的か、というひとつの例です。「多くの作曲家は晩年に傑作が集中している」ということは「例外はいる」ことを含んだ言いかたであって、ただ1人の「反例」を挙げるだけで反論したことにはならないということです。ごいっしょに、算数や数学を基礎から学びませんか?世の中のこの手の詭弁にだまされない大人になりましょう!
