東大法学部緑会合唱団の思い出

私は東大オーケストラ(東京大学音楽部管弦楽団)に、入学から2年と1か月しか在籍しませんでした。とはいえ、ほぼひととおりの行事に参加できたことはありがたく思っています。合宿に、岩井海岸にも志賀高原にも富士五湖にも行きましたし、ツアーにも行きました。私が東大オケに在籍していて、経験できなかった数少ない行事のひとつが、この「緑会合唱団との共演」でした。

当時、20以上の合唱サークルのある東大の合唱団のひとつである、東大法学部緑会合唱団は、年に1度、12月の定期演奏会で、東大オケと共演し、オーケストラを伴う合唱曲を上演していました。私が2年間で出演できなかった理由は以下のように編成上のものです。私が1年生であった1994年の出し物は、ハイドンの「ハルモニ・ミサ」でした。これはフルートを1人しか必要としない曲であったようで、ひとり、出演したようです。じつはこの年のアンコールがフルートをふたり必要としたようで、私がアンコールだけのために出演する可能性もあったのですが、とくに呼ばれず、私に緑会合唱団との共演はなかったのでした。私が2年生であった1995年の出し物は、ケルビーニのレクイエムであり、これはフルートを要しない曲であったようです。これが、私が緑会合唱団と共演していない理由です。ちなみに、これらの本番は、聴きに行くこともなかったです。

緑会合唱団の演奏会を聴きに行くようになったのは、その翌年、1996年からでした。当時、私は1回目の学部3年で、東大オケはやめており、統合失調症の症状で、学業も休んでいました。この年、緑会合唱団はモーツァルトのレクイエムをやることになっており、仲間が張り切っていたので、聴きに行くことにしたのでした。日記によると、1996年12月18日に練馬文化センターに行っていますが、これは最終練習でした。(本番当日の12月21日は、別の友人の大学オケを聴きに行くことになっており、そちらに行っています。そちらの演奏会のこともいつか記事にしたいと思います。)行くといきなり録音係をやってしまったと日記にはあります。覚えています。緑会の当時の録音を担当していた業者さんは、東大オケの録音のかたと同一だったのでした。とてもいいかたです。東大オケには仲間がたくさんいました。同輩、後輩の皆さん・・・。合唱にも数学科の仲間がいたりしました。みんなうまくなっています。練習の終了後、オケの仲間3人と晩ごはんを一緒に食べました。(ちなみにモーツァルトのレクイエムもフルートを要さない曲です。このさいあまり関係ありませんが。)

その1年後、1997年の12月22日にまた緑会合唱団を聴いています。このころ、私は2回目の学部3年生、学業に復帰し、オケもやっており、その日は講義を受けてからだいぶ時間を持て余した挙句、川口リリアホールに行き、緑会合唱団を聴きました。前半が合唱だけのステージであり、プログラムによれば「季節へのまなざし」と「花と空と祈り」という曲を聴いていますが、ほとんど覚えていません。後半が東大オケとの共演となります。この年はブルックナーのミサ曲第1番ニ短調でした。このころの緑会の指揮者は、高階正光先生という、おひげの先生でした。オケの皆さんからも慕われていました。高階先生の指揮で演奏できなかったことはちょっと残念ですね。高階先生は「指揮の先生」として有名であるようで、「指揮法を高階正光に師事」と師事歴に書く指揮者は多いとだんだん気づかされました。私がブルックナーのミサ曲第1番を生で聴いた唯一の機会のみならず、いまのところブルックナーの合唱曲を生で聴いた唯一の機会です。合唱には数学科の仲間がおり、また、オケは後輩の活躍が目立ちました。同輩は最高学年であり、聴き手に多い感じでした。終演後、一緒に聴いたオケの同輩と晩ごはんを食べ、この日は終わっています。

その次の年、1998年12月13日が、緑会合唱団を聴いた最後の機会になります。私は学部4年生、大学院入試に受かり、また教会に通うようになっていました。この日は朝、寝坊し、寮の予餞会(私は5年目なので1個下が卒業)の開会式にぎりぎりで間に合わせました。寮の卒業生のあいさつなどを聞いています。社会人1年生として、スリッパみがきやコピーなどをする日々、卒業する4年生への応援メッセージを語っている1個上の先輩です。そのあと抜け出して、教会へ行きました。この日は日曜だったのです。礼拝に出ました。そのあと、引き続き教会で、前から頼まれていた、ある中国人留学生のかたの、マンガに関するインタビューに答えました。少なくとも1998年当時、中国では大人はマンガを読まないものだったそうです。近くのファミレスで昼食を取ったのち、子供たちのクリスマス会に出ました。教会の当時の青年の皆さん、ゲームや紙芝居、それからサンタクロースに扮する理科一類の仲間もいました。サンタクロースのプレゼントと、りんごをもらって教会を去り、再び寮に戻り、予餞会の続きを見ました。4年生が劇をしました。私もこの前の年は寮の劇に出たものです。終わってすぐにようやく緑会合唱団の定期演奏会に向かいました。前の年と同じく、川口リリアホールです。

前半のステージには遅刻し、ほとんど前半の終わりごろ着きました。親友のお母さんに会いました。後半が東大オケとのステージです。この年は、プッチーニの「ミサ・ディ・グロリア」を聴きました。はじめて聴く曲でしたが、いい曲でした。すべて終わってから知ったことですが、その親友の妹さんが大学生になっており、合唱で乗っていたのでした。それで、そのお母さんと聴いていたわけです。オケは、最高学年が1個下になっているわけで、だいぶ知らないメンバーが演奏していました。合唱に数学科の仲間がおり、彼ももう卒業です。例の録音の業者さんの姿も2年ぶりに見ましたが元気そうです。その親友は、この年の夏ごろから椎間板ヘルニアになっており、私は何度かお見舞いをしていました。この日は来る予定だったそうですが、やはり痛くて休んだとお母さんから聞きました。お母さんに夕食(回転ずし)をごちそうになりました。盛りだくさんの一日ですね。帰って予餞会の打ち上げは行くのをやめたと書いてあります。充実した日でした。

これが私の、東京大学法学部緑会合唱団についての思い出のすべてとなります。いまとなっては貴重な思い出です。プログラムと日記が残っていて、こうして四半世紀以上が経過してブログに書けるのはありがたいことだと思っております。本日の記事は長かったですね。お読みくださり、ありがとうございました!

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