教会でオーケストラを指揮した日(2016年7月31日)

私は30歳から勤務したある私立中高で、オーケストラ部の顧問をしていました。さまざまな本番がありました。クリスマスの時期に、恒例の行事がありました。弦楽器の少数精鋭メンバーで、学校の近くの公民館のクリスマス会で演奏したり、また、学校からバスで1時間ほど行ったキリスト教系老人ホームでの礼拝後に演奏したり、ということです。曲目は、クリスマスの讃美歌を5曲くらい、というのが通例でした。いい思い出がたくさんあります。これらの思い出話は、クリスマスの時期に取っておこうと思っています。
ある年、こういう出し物がもっとあってよいと思った私は、ある教会の正午礼拝で、演奏することを考えつきました。その教会は、アドベント(待降節。いわゆるクリスマスシーズン)の平日のお昼に、正午礼拝といって、オルガンのコンサートのようなミニ礼拝をやっていたのでした。私はその教会の牧師さんと相談し、どうにかある日の正午礼拝に、オーケストラの演奏を入れることに成功しました。この年は、弦楽器の少数精鋭のメンバーによるクリスマスの讃美歌6曲だったと思います。教会のパソコンでプログラムを作りました。
当日の演奏はとてもうまくいきました!顧問の私から見ても上出来でした。どれくらい上出来だったかと言いますと、演奏前に「これは『演奏』ではありません。『賛美』です。演奏終了後の拍手はお控えください」とアナウンスしたその牧師が、演奏終了後、会衆の皆さんに拍手をうながしたほどの成功だったのです。(教会で讃美歌を歌うことを「賛美」と言っています。これは、聖歌隊が歌うときも「賛美」であり、通常、演奏会のような拍手はないものです。)
この本番を聴いた教会の皆さんにも好評であるようでした。間もなくその牧師さんのほうから、「日曜日の礼拝で演奏してもらえないだろうか」と言われました。教会の役員会でも、この日の演奏(賛美)は話題となり、われわれオーケストラ部を日曜日の礼拝に呼んでくださるとのことでした。これがいつのころなのか、よく覚えておりませんが、夏休みのどこかで、その教会の日曜日の礼拝で、1曲、「賛美」することになりました。私は生徒の皆さんを引率して、夏休みの1日も、その教会で演奏することが恒例となったのでした。
さて、それらの演奏は、私は引率するだけで、演奏はオーケストラに任せていました。弦楽器の少数精鋭メンバーによる讃美歌演奏は、指揮者なしでも、コンサートマスターの合図で演奏できるのでした。しかし、以下のことがありました。
私は、2014年から、顧問をやめる2016年までの3年間、そのオーケストラの指揮者でもありました。自分では指揮者をやるつもりはなかったのですが、周囲の皆さんに押されて、指揮者となったのです。おもにコーチの先生が来られないときの「代打」の指揮者でした。たった3年間ですが、たくさんの指揮の機会をいただき、貴重な経験ができました。ある年の学内の音楽祭で(日記を見ると2014年11月8日ですが)、グリーグの「山の魔王の宮殿にて」と、ポップスの「ユー・レイズ・ミー・アップ(You Raise Me Up)」を指揮したのです。そのとき、あるクリスチャンの同僚から「さすがだね!」と言われたのです。意外にも次のような話でした。
当時のコーチの先生(「正指揮者」の先生)は、ポップスにお詳しいのでした。オーケストラで演奏できるポップスの楽譜をいろいろご存じでした。この「ユー・レイズ・ミー・アップ」というポップスは、フィギュアスケートの荒川静香さんが滑って有名になった曲とのことでした。アイリッシュな曲です。これを弦楽合奏用に編曲した楽譜を購入し、われわれはひんぱんに演奏していたのでした。そして、その同僚が「さすがだね!」と言った意味は、以下のようでした。
じつはこの「ユー・レイズ・ミー・アップ」は、国によっては讃美歌の扱いなのでした。英語のウィキペディアで「現代讃美歌」と書かれていました。私の教派およびその教会の教派は、いわゆる伝統的なプロテスタントであり、多くの皆さんがイメージする教会に近いと思われます。すなわち、パイプオルガンで奏楽し、古典的な讃美歌を歌う教会です。これに対し、その同僚の教会は、行ったこともありますが、少なくとも音楽面では「現代的」であり、バンドで、ポップスのようなワーシップソングを歌う教派だったのです(そういう教会もけっこうあります)。そのような教派では、「ユー・レイズ・ミー・アップ」がキリスト教的な歌であることはよく認識されているのでした。
私は、これを、その夏休みの日曜日の礼拝での賛美で用いることを思いつきました。この弦楽合奏用の編曲は非常によくできており、弾きやすくて演奏効果は高く、私はこれをひんぱんに指揮していました。このブログでも、この曲を私が指揮する話は何回目かになると思います。しかし、このたびは、日曜日の礼拝での「賛美」です。その学内の音楽祭から2年が経過した、2016年のことになります。オルガンで荘厳にバッハの作曲した前奏などが演奏され、古典的な讃美歌を歌うその教会でこれをやったら、さぞかしフレッシュであろう・・・と私は考えました。牧師さんは交代していました。牧師さんとメールのやり取りをし、7月31日にその本番を迎えることになりました。
当日は、その主任牧師の先生は、ご病気でしばらく入院なさっていました。若い伝道師(副牧師)の先生もその日は出張であり、その日の礼拝は、あるベテランの、こういったピンチヒッター的な役割を果たしている牧師さんが担当なさいました。私はオーケストラ部を引率し、「ユー・レイズ・ミー・アップ」を指揮しました。「演奏はうまくいったほうである。深く感謝である」と日記には書かれています。
この日、最も驚くべきことは、この日に読まれた聖書の箇所が、新約聖書ヨハネによる福音書5章1節以下の、ベトザタの池で、38年、病気で起きられなかった人が、イエス・キリストの「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい」という言葉によって起き上がり、歩き始めるという物語だったということです。まさに「ユー・レイズ・ミー・アップ(You Raise Me Up)」だったのです!完全な偶然だったようですが、あまりにもできすぎている話でしょう。われわれの「賛美」の直後にその牧師さんの説教でしたが、感激なさった様子で何度もこの点に言及されていました。
われわれの演奏はその教会で話題となったようです。私の考えたように、その古風な教会の礼拝で、この「現代讃美歌」はとてもフレッシュに響いたのでした。それからしばらく、その教会の人には「もう来ないのですか」と言われたものです。私はこの年度を最後に教員をやめさせられて事務員となり、同時にオーケストラ部の顧問でもなくなりましたので、この教会とのご縁もなくなってしまったのでしたが、それはなかなか説明が困難な内容でした。この日の写真(私の指揮で教会で演奏するオーケストラ部の生徒さんの写真)は、この教会の月報を飾りました。(どこへやったかなあ。記念にとっておくべきではないか。)しかし、先述の通り、私はこの年度で教員をやめさせられ、オーケストラの指揮者でもなくなったのでした。たくさん指揮した「ユー・レイズ・ミー・アップ」を最後に演奏した機会ともなりました。
ずっとのち、この日の演奏は録音が残っていることに気づきました。この教会は、すべての礼拝をカセットテープで録音しているのでした。どうにかそのカセットテープを借り、また、どうにかしてそれをデジタルのデータにしました。いま、その日の礼拝全体は、CD-Rとなって存在しています。確かにその日の牧師さんの興奮した説教の様子が伝わって来ます。礼拝終了後の報告の時間に、われわれが会衆の皆さんから拍手をいただく場面まで録音されています。私はクラシック音楽のみならずポップスもたくさん指揮したのですが、この録音は、私がポップスを指揮した唯一の録音となって残っています。
この日のことは、貴重な思い出となって残っています。教会でオーケストラを指揮した唯一の機会のお話でした。
